一か月前の離脱症状の苦しさと今を比較できますか?

今回は皆さんに質問があります。ズバリ!

「一か月前の離脱症状の苦しさと今を比較できますか?」

離脱症状は苦しいからこそ救いが必要

人によりますが、苦しい方はとんでもなく苦しくてきついのが離脱症状です。その離脱症状に耐える上で必要なのが何らかの「拠り所」です。つまり、辛い思いをしても拠り所がある事でその辛さを心理的に軽減するという事です。

人によってその苦しい時の拠り所は異なると思います。私のように一人で自己完結したタイプもいるでしょうし家族が一緒に頑張ってくれる方もいるでしょう。ただいろいろな方の話を聞いていると、家族なども含めてなかなか理解してもらえないのがこの断薬における離脱症状だと感じています。そのような状態が続くと最後には誰にも頼れないと感じ、周りを遠ざけていってしまいます。孤独な闘いの中で離脱症状がきつい日があると本当にどうすれば良いのか悩む事でしょう。

そんな離脱症状には救いがなければ最後まで断薬を貫けないと感じてもおかしくありません。

今は確実に良くなっているという事実が貴方を救う

私自身、一度目の断薬では毎日その日を切り抜けるので精いっぱいでした。結果として挫折をしてしまった時は救いもない状態であきらめてしまいました。

二度目の断薬では日記を途中からつけていますが(確か途中から…)、これが多いに助けとなったのは言うまでもありません。記録をするという事はとても重要であるとこのサイトで何度も書いていますが、離脱症状に打ち勝つのにかなり有用なのです。

日記をつけていない場合には過去のきつさとの比較は一切できません。そのため今この時の状態だけが戦う相手です。しかし日記という記録を付けていると、今と過去との比較が可能になります。

過去にもっとひどい状態を切り抜けている事が分かると、それよりも比較的楽な離脱症状に勝てないわけがないと思えるのです。もちろん実際にはかなり辛いとは思いますが過去の「我慢できた事実」というのは何よりも強い自信へとつながるものです。私自身何度もそういう危機を切り抜けて決ましたが記録していた事が私の背中を押してくれたのは確かです。

もちろんこの断薬日記のような断薬成功者の日記というのもたまに読みましたがそれも励みになったのは確かです。

皆さんに必要なのは今のこの症状がなくなるという事実だと思います

断薬においての大きな障害は、今自分に起こっている離脱症状が終わると信じ切れない心であると何度も書きました。

実際のところ断薬成功者が「この症状は消える」と書いているとしても、それが起こっている当事者には半信半疑である事は間違いないと思っています。特に離脱症状の鬼門である聴覚過敏が症状としてでた場合、他人の「治る」という言葉を信じたいとは思っても信じ切れない自分がいるはずです。

そういう時にも日記をつけていると自信につながるわけです。聴覚過敏が一か月前はどういう状態であったか、それと比べて今はどれくらい変わっているのかを冷静に判断できるためです。

長い離脱症状の場合には数か月続きますので、それこそ1か月程度だとさらに悪化している事も珍しくありません。それでも過去の苦しさを乗り切った事実を文字として読む事は貴方の断薬成功・・・今の時点では「継続」に大きな力を貸してくれるでしょう。

断薬成功者の多くが常にその時に起こっている症状が消える事には半信半疑であったとうと思います。しかし、時とともに変化は確実に訪れます。記録がない場合には常にその時の自分との戦いばかりに目が行ってしまうためさらにきつくなるのです。

苦しくて辛い時に記録を残すのは大変だと思います。しかし、その行為が近い将来の貴方自身の手助けになるのは間違いありません。是非、日々の状態を書き連ね、それを超えてきた自信を将来につなげて下さい。

きっと後でこの事の重要性を理解できるでしょう。