社会不安障害と気づいてなかったら

本日はたらればの記事です。

私が社会不安障害と気づかなかったら

実はこの件は私がよく考える事なのです。

このブログのタイトルにもありますが、私は社会不安障害(現社交不安障害、SAD)であると自分が気づくまでに10年以上も要しました。

理由は簡単でそんな病気があるとは思っていなかったからです。それから10年以上経ってからこの病気であると聞いて物凄く納得したわけですが、今思えば気づいたのが良かったのかどうかと思う事もあります。

気づかなければ自然と認知行動療法を引き続きやっていたからです。

私は普段は人と話すのは何の苦労もしないのですが、それが予定として決まっているものだと一気に不調モードになります。猛烈な吐き気、止まらない下痢などが襲ってきます。予定が決まるのが早すぎると、その早い分、ずっと苦しむ事になります。

そして、その予定が終わるとほぼ直後から体調は回復します。無茶苦茶な身体だとずっと思っていました。

社会不安障害と気づいた事で「薬で治るんだ」(当時はそういう認識)と思い、薬を飲み続ける事になったわけですが、気づかなければ薬を飲んでいませんでしたし(そのかわりずっと苦しんでいましたが)、今のようにメイラックスの断薬で苦しむ事もなかったと思います。

もし、気づいていなかったら・・・。

まあ、たらればなんですが、薬を飲んだ事が今でも良かったか、あるいは悪かったか分かりません。どちらもYESと言えるのは確かです。

飲んで楽になる時間をもらったのも確かですし、やめる事での苦痛を味わっているのも確かです。

ただ一つ言えるなら、本当の苦しければ薬で軽減できると感じられたのは良かったと思っています。つまり、最悪の場合には、一時的にでも良い状況には持って行けるとわかったからです。

現在断薬している私ではありますが、先日ついにメイラックスは全て捨てましたが、ソラナックスは今も持ち歩いています。何かがあった時の非常用として持ち歩いています。

とはいえ、この薬ももらったのはもう2年くらい前のものなので何ですが、持ち歩く事で万が一の時には飲めば楽になると考えられるため、「精神的な保険」として持ち歩いています。そうは言ってももうほとんど飲む事はないと思いますし、飲んでも頓服的に少量にすると思います。

このような使い方ができるのは、やはり一度は飲んで、「飲んだらどういう風になるか」を体感しているからだとは思います。飲んでいなければ、楽になるという事は信じられなかったと思いますので(緊張が薬で何とかなるなんて思いませんから)、やはりそういう点では良かったと思っています。

まだまだ私はこの社会不安障害という厄介な病気と付き合わなくてはいけないわけですが、これも運命として受け入れつつ、気楽に行きたいとは思っています。

既にSADだと気づいたわけですので、それにしたがって生きていくしかありませんね。

と、毎度のことながら何を書きたかったのか最後の方では忘れている自分がいます^^。